イメージしたものは叶う  ~潜在意識

 

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私は小さいころ自分でイメージしたものは叶うと言う事をいつも体験していた。
でもこれは最近になって思い出したものだ。もう30年くらい前の話を今頃思い出した。

そういえば、イメージしたものは叶っていた。
それも悪い嫌なイメージ”こうなったらいやだな。。”と思う事はほとんどすべて叶ってしまっていた。
子どもながらに頭の中で考えた嫌な事って”本当にそうなる”と言う事もいつしか気が付き始めていた。
しかも嫌な事ばかり叶う。

でも頭の中でそのイメージを消す、と言う事を編み出した。5歳くらいの頭で考えたその消し方はこうだった。
猫がおしっこをした後に後ろ足で砂をかけるような仕草。
足(右足だったのは覚えている)でアキレスけんを伸ばすように右足を後ろにして何度かちょんちょんと地面を足の裏でこする。
これをしながら、頭の中で作ったイメージを消す。

これが一種のルーティーンだった。
うまく消せない時は何度も何度もこのポーズをする。
はたから見たらおかしなことをする子だなと思われたかもしれない。

これをすれば必ず嫌なことが現実になることはなかった。
”あーそうか。やっぱりこれをすればいいんだ”と思った。

ある時、母と手をつないで歩いているときに嫌なことを思い浮かべてしまった。(内容は覚えていない)
こうなったらいやだなと思う事。

そこで母しかその場にいないことを確認して5歳くらいの私はいつものポーズをした。
だが、母は『もう遅いから早く歩こうね』って言ってその変なポーズを待ってくれなかった。

だからうまく消せなくて歩きながら何度もやった。
そしたら母がこういった。

『何?そのおかしなポーズ、変だからやめなさい!それより早く歩いて!』と一喝された。

そこで5歳の私は思った。
”やっぱりおかしいよね。。”

そんなことがあってから、私はいつしか

”悪いイメージを消さなくても大丈夫だろう、それよりこのポーズは明らかにおかしい、うん、やめよう』と思うようになっていった。

そこからこのポーズは人がいてもいなくてもしなくなった。

その頃から、『イメージしたものはすべて現実になる』と言う事をすっかり忘れて成長していった。
嫌なイメージをしてしまうのはある意味、癖というか、最悪なことを想定していないと気が済まないタチだった。

そのため当然嫌なことの連続だった。
はたから見たら何の苦労もない子供に見えただろう。
でも私の心はいつも波立っていた。

その時は良い事が叶った記憶があった覚えがない。(ただ小さなころの話なので覚えていないだけかもしれない。)
なぜだろう。
この理由も30年後分かる。

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